新博物館
松本市は長い年月をかけて、商業都市及び観光都市として目覚ましく発展した。特に松本市が構想していた松本城を中心とした観光都市計画は順調にその成果を出していき、県外だけでなく多くの外国人が観光客として、この松本に訪れるようになった。また、平成に入り四賀村・安曇村・波田町など次々と合併し、人口も二十四万人を超えた。現在、松本市では、松本城の世界遺産登録を目指す取り組みが進められている。いずれにしても松本城は市民にとって何よりも大切なシンボルとなった。
旧松本市立博物館は、二の丸に移転してから七十年近く市民から親しまれてきたが、老朽化による解体撤去と松本城周辺の復元のために移転が決定し、令和三年四月に休館となった。
そして、令和五年十月七日、松本市立博物館が大手町に移転し新築オープンした。三階建で正面は全面ガラス張りの近代的デザインである。一階のエントランスは広い吹き抜けで、来場者を圧倒させた。
天井からは、松本の郷土玩具の手毬がカラフルな色彩で吊るされている。三階の常設展示室には、江戸時代の松本城下町が見事なジオラマで再現されており、その前で学芸員が来場者ひとりひとりに丁寧に 説明していた。
二階には、図書コーナーがある。その隅の椅子にふたりの老夫婦が寄り添うように座り、行き交う人をながめていた。
「今日は、初日だけあって、人が多いね。人混みを見てるだけでなんか疲れちゃうな。だけど、前の博物館と 比べるとずいぶんおしゃれな建物になったね。妙子はどっちの方がいい?」
「そうね、ここも新しくて素敵だけれど、落ち着いて仕事するなら、やっぱり慣れた前の建物かな」
「そうなんだ。でもこの博物館も考えてみると、何度も引っ越ししたり建替えたりしているよね。妙子は 旧博物館が建て替える前の時から勤めてたよね」
「そうね、学芸員にも成(な)れて長く仕事が出来てよかったわ。あなたと一緒になって、しばらく休職していたけれど、下の子が大きくなってまた勤め始めたから…」
「そうだったな。退職してから、もうずいぶん経つよね。三人目の孫も生まれて私らも年をとるはずだな」
「仕事やめてから二十年くらいじゃない? でも、こうしてふたりとも元気でいられるのは有り難いことよね」
「そう言えば、あの林城の井戸ってどうなったかな。たしか七~八年前、教育委員会で発掘調査したって聞いたけど」
「そうね、私もネットでみたけど、井戸の事は何も書いてなかったわ。そうそう、言い忘れてたけど、私、あの後、林地域の古い地図を探したの。そうしたらね、江戸時代の地図にあの井戸のあたりの地名が 釜挟(かまはざま)って書いてあったのを見つけたのよ。だから、間違いないって確信したわ」
「えっ、そうなんだ。じゃあ、やっぱりあれは、あのままかもしれないね」
「うん、それでいいんじゃない。埋まっているかもしれないって考えるだけで、ロマンよ。 うふふっ」
平成三十年三月、松本教育委員会の林城跡(小城)の発掘調査報告書が提出された。
平成二十八年十月から約一カ月半、現地調査が実施された。そこには、林城跡を中心に広範囲で発掘調査が行なわれた事が記載されていた。そして、多くの城郭の縄張り図作成や石積みの石材鑑定などが行なわれたとあった。
しかし、井戸に関する調査は実施されておらず、発掘調査報告書には何も書かれていなかった。おそらく、あれも永遠に埋もれてたままになるのだろうか‥。
完
新松本博物館 2階図書コーナー