まつもと物語 その9

    古文書

 

 福島は時計をみると、もう正午を過ぎていた。

「話は一区切りしたところで、どうです、お昼ご一緒しませんか?」

三人とも席を立ち外に出ると、昨日から降り続いていた雨も止み、ネズミ色の雲の切れ目に青い空も覗いていた。

 皆は近くの食堂に入ると、小上がりの席に胡坐をかいて座った。壁には五目そば、親子丼、カレーライスなど多種多様のメニューと値段が書かれた札が並んで貼ってある。各々が注文し出されたお茶を一口飲むと、福島が訊ねた。

「どうです、田岡さん少しは参考になりましたか?」

「はい、思った以上に色々な歴史背景があるのには驚きました。小笠原一族も長い歴史の中で代々、時代に翻弄された生き方をしていたのですね。これからどうやって松本城を建てていくのか、早く聞きたいです」

すると、清水先生も、

「やはり、歴史は面白いね。私も小笠原一族や松本がこれほど、当時の戦国武将たちと関りがあるとは知らなかった。私も早く続きを聞かせて欲しいよ」

「わかりました。ところで先生、小笠原氏の初代当主がどこの出身かご存じですか? 実は甲斐(山梨県)なんですよ。源氏の血筋で加賀長清という武将なのですが、山梨西部の山裾(現在の南アルプス市)に小笠原という地名があり、そこから小笠原の姓を名乗ったそうです。しかも武田氏とは同族だったらしいです。信濃守護だった小笠原一族が同族の甲斐守護の武田に松本から追放されるとは予想もしなかったでしょうね」

「しかし、その三十年後、今度は武田一族が滅び小笠原氏が松本城主になるとは、因果だよね」

「そうですね。小笠原といえば、もうひとつエピソードがあります。

家康に従い三河に住んでいた小笠原貞頼(さだより)という人が無人島探検を家康に具申して伊豆の南海を航海したのですが、その時に貞頼は無人島をいくつも発見したそうです。そして、その島を家康の許可の元で「小笠原諸島」と名前をつけたらしいですよ。その後、父島に小笠原神社を建立し、その貞頼を祀ってあるそうです」

「えっ、そうなんですか? 遠く離れたあの小笠原諸島も小笠原一族と関わっていたなんて面白いですね」

 因みに、この昭和34年は小笠原諸島もまだアメリカの統治下であったが、日米間で小笠原復帰協定が締結されたのは、昭和43年の事であり、返還後は東京都の管轄となった。

「それから、松本のことを研究していると、色々興味深い事がでてきます。例えば、「松本」という名前がどうやって生まれたのか。その由来が何なのかということですが、実ははっきりしないのです。しかし、一番の有力説が、先ほど話をしました小笠原貞慶(さだよし)が深志城を「松本城」と名を変えた理由です。

 三十年以上放浪し、いつか深志城に戻りたいとの願いが遂に叶った気持ちを表した「待つこと久しくして本懐を遂げた」の文面から、待つが「松」となり、本懐の「本」をとって「松本」としたという説です。真実はわかりませんが、何となく郷愁を感じませんか?」

 

 三人は昼を済ませると、また博物館の研究室に戻った。福島が話を始めようとすると、田岡が、

「すみません、お話の続きを伺う前に、お渡ししたい物があります」

と言ってカバンから茶封筒を取り出した。そして中の手紙を慎重に取り出しテーブルの上に置いた。

「この手紙を、こちらの博物館で鑑定して頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」

「かなり、古そうなものみたいですね。これをどうされたのですか?」

「実は、私の大叔父は大工なのですが、若い頃松本城の修理工事の際見つけたらしく、ずっと自宅に保管していたものです。見つけたのは明治の末頃だと言っていました。前々から市役所に返したいと思っていたのですが、機会を失い渡せずにいたらしいです」

「明治の末の修理工事といえば、小林有也先生が先頭にたって行なった天守閣保存運動「明治の大修理」のことですか。お城が相当傷んでいて、大変な工事だったと聞いています。その時に見つかった手紙ということですね。詳しくはしっかり鑑定してみないとわかりませんが、もしかすると相当貴重な古文書かも知れませんね」

「大叔父ももっと早く返さなければと、申し訳なさそうにしていました。どうか、宜しくお願い致します」

清水先生も、その手紙を覗き込むように見ると、

「福島君、この手紙の宛名が石川玄蕃頭(げんばんのかみ)殿って書いてあるね」

「確かに、そうですね。そうすると、送り主は、この大久保… う~ん読めないな。 ああ、これ「藤」と言う字かな。そうか、大久保藤十郎大久保長安の息子ですよ。きっとそうだ! 内容は、調べないとわからないな。先生、大久保長安はご存じですよね」

「ああ、勿論知っている。彼の死後は謎だらけだ。大勢の人が切腹しているからな。これはひょっとして歴史を調べる上で、何か重要な手掛かりになる手紙かもしれないな。福島君、すぐこの古文書を調べたほうが良さそうだよ」

「そうですね。早速、鑑定します。ところで、田岡さんの大叔父さんは、これを松本城のどこから見つけたと言ってましたか?」

「はい、大叔父が言うには、大天守の最上階で、天井の梁とか垂木が入り組んでいるところらしいです。その内の一本に窪みが掘ってあって、そこに隠すように油紙の包みが入っていたそうです」

「最上階の天井ですか。きっと、桔木(はねぎ)のところですね」

「そうそう、桔木構造とか言ってました」

「そうですか。大天守の天井に間違いないみたいですね。田岡さん、これ、お預かりしてもいいですよね」

「勿論です。でも、大久保長安ってどんな人物なのですか?」

徳川家康勘定奉行だった人です。彼の死後、大問題が発覚して、その影響で松本藩主石川康長へも飛び火したのです」

「はあ、そうなんですか…」と田岡は答えたが何が何だか、さっぱりわからない。福島と清水先生はふたりで話が盛り上がっているが、田岡はひとり蚊帳の外だった。

しばらくして、福島が申し訳なさそうに田岡の顔を見た。

「田岡さん、大変申し訳ありませんが、この古文書を早急に鑑定してみたいので、小笠原氏と松本城についての説明は、後日改めてという事では駄目でしょうか?」

「わかりました。何だかこの手紙は貴重な資料の様ですね。話の続きは後日でも結構です。いずれまた、時間をとって頂ければ有難いです」

「田岡君、今日は残念だが改めて時間をとってもらおう。福島君、鑑定が終わったら我々にも内容を教えてもらえんかな?」

「もちろん、ご報告いたします。田岡さん、本当に申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ、今日は色々勉強させて頂き、本当にありがとうございました」

「では我々はこれで失礼するとしよう」

福島は、玄関まで見送りにでてくれた。もう、外は気持ちが良いくらいにすっかり晴れていた。

そびえ立つ様に見える天守閣の屋根がまだ雨後の露に濡れており、それが午後の日差しを受けてキラキラと光っていた。抜けるような真っ青の空を背景に、松本城は相変わらず美しかった。そして、自分に何かをうったえている様な気もした。

 

「田岡君、今度私の家に遊びに来ないか? 戦国時代の話を詳しくしてあげるよ。そうだ、ついでに初代松本城主の石川数正の話もしてあげよう。結構、興味深い人物だよ」

「ぜひ、お願いします。先生のご都合が宜しければいつでも伺います。また、電話頂いても宜しいでしょうか?」

清水先生は「わかった。じゃあ、また」と言って軽く片手をあげ自宅へと帰って行った。

 田岡も帰り道をしばらく歩いたところで、ふと、傘を玄関に置き忘れたことに気が付くと、また博物館に戻った。

すると、玄関で丁度出掛けようとしている女性がいた。女性が田岡に気が付くと、

「安夫君、また戻ってきてどうしたの? 何か忘れ物?」

「あっ、妙子ちゃん、そう、傘を忘れたんだ。妙子ちゃんは今からどこかへ行くところ?」

「ええ、近くの店まで研究室の事務用品を買いに行くところなの。さっき、福島さんから聞いたけれど、安夫君、なんかたいへんな物を持ってきたみたいね。福島さん、なんだかとても興奮していたよ」

「そうなんだよ。大久保藤十郎って人から石川藩主宛の手紙らしいけど、そんなに興奮するような物なのかなあ。僕には全然、わからないけどね。ところで、妙子ちゃん久しぶりだよね。まさか、博物館で働いてるとは思わなかった」

「私、高校卒業して、一般の会社に勤めようかとも思ったけど、前から松本の郷土史に興味あったのね。それで、博物館で働きたいと思い、とりあえず事務員として面接に受かったというわけ。でも、最近は小学校の生徒たちが博物館に見学に来ると、私が説明員として案内しているのよ。

それでね、私、今も学芸員の資格目指して勉強中なのよ。でも難しすぎて何度もくじけちゃう」

「へえ、すごいな。妙子ちゃん、頑張り屋さんだから大丈夫だよ。資格取れるよう僕も陰ながら応援するよ」

「安夫君、市役所に勤めているんだってね。お互い、職場が近いわね。また、今度ゆっくりお話しましょう」

ふたりは、大通りにでると、小さく手を振って別れた。

 

       松本城最上階小屋裏  桔木(はねぎ)構造