まつもと物語 その19

   松本城案内

 

 田岡が外で待っていると、淡いブラウンのジャケットを着た妙子が小走りに玄関から出てきた。

「田岡さんお待たせ。福島さんの話どうだった?」

「うん、色々と僕の知らない話が聞けて面白かったよ。石川父子の話を聞いた後に改めて松本城を見ると何か違って見える気がする。天守閣の中は前にも見た事あるけど、薄暗くて階段が急だったことくらいしか印象にないよ」

「私も最初はそうだったけど、今は大勢の人に色々説明しているうちに増々このお城が好きになったわ。 じゃあ中に入りましょう。あっ、そうだ、その前にこの博物館が建っている場所が、元々お城の二の丸だったって話聞いたでしょ」

「うん、ここに石川数正の屋敷があったんだよね。古山地(こさんじ)御殿(ごてん)っていうんだってね」

「そう、正解! その後明治になって松本中学校を建てたのだけれど、お城の事しっかり勉強したんだね。安夫君えらい、えらい」

「ちょっと! 僕のことバカにしてない? せっかく福島さんが説明してくれたんだから覚えているよ」

「ごめんね。そうだよね。ねえ、ちょっと大名町の通りの方を見て。あの女鳥羽川の縄手までが三の丸で、 総堀があったところまでが松本城だったって聞いたでしょ。昔この辺りに武家屋敷がズラッと並んでいたなんて、なんか想像すると広くてすごくない?」

「そうだね。松本城って天守閣とこのお堀だけだと思っていたから、改めてみると松本城って本当に広かったんだね」

「今、田岡さんが働いている松本市役所だって、元は松本城の三の丸だったところなのよ」

「そうか、そう言われれば、福島さんから見せてもらったお城の地図だと市役所の場所って、昔は武家屋敷 だったところだよね」

「そうよ。ほんと松本城ってすごいんだから! じゃあ、本丸の中へ行きましょう」

 

 妙子と田岡は内堀をわたり正面にある復元工事中の黒門の前に立った。

黒門のすぐ左には入場料を払う管理事務所がある。妙子が「こんにちは」と声をかけると、中にいたおじさんが顔を出した。

「やあ、妙ちゃん、久しぶり。あれ、妙ちゃん髪の毛切ったの? いいねえ、可愛いよ、よく似合ってる」

「えっ、ほんと、ありがと」

「あれ、今日は彼氏を連れてデートかい?」

「やだ、高橋さんたらあ。違うわよ、こちら田岡さん、市役所の観光振興課の方よ。今日は田岡さんを案内しに来たの」

 田岡は、自分が口に出せないでいる妙子の髪型の事を平然と褒めるこのおじさんに嫉妬を覚えたが、ポケットから名刺を出し、

「こんにちは、田岡といいます。今後、松本城を観光促進として何度か伺うことになりますので、宜しくお願いします」

「そうですか。私、ここの管理事務所に勤めています高橋といいます。よろしく」

と愛想よく言った。田岡が入場料を払おうとすると、妙子が、

「私たち、松本市の職員だから入場料はいらないの。いつでも入っていいのよ。そうだ、高橋さん、田岡さんにも証明書渡してあげて」

「ああわかった。田岡さん、今度からこのカードを見せて入ってください。はい、通行手形!」

と言ってビニールケースに入ったカードを田岡に手渡した。そこには「職員証明書 松本市」と書いてあった。

 

 ふたりは改めて黒門の前に立ち、上を見上げた。工事中で一部シートが被(かぶ)さっていたが、扉は開いており太い柱と梁で頑丈そうな門構えだった。柱上部の飾りは秀吉が天皇から下賜されたという『五七の桐紋』が取り付けられ威厳と豪華さが感じられた。

「田岡さん、ここに立って周りを見て。ここは黒門といって本丸に入る重要な入り口よ。いま、復元工事中なんだけど、ここは枡形といって敵がここに侵入した時に、周りから弓や鉄砲で狙われるから逃げようがない場所になっているの。最強の関門だったみたいね」

 黒門をくぐると、芝生を張った広い本丸の庭があらわれた。ここは三十年ほど前までは、松本中学校の運動場として使われた場所でもあった。

「この本丸庭園には石川康長時代に天守と一緒に本丸御殿が建てられたけれど、今から二百三十年前に火事で焼失してしまったのよ」

「その後もずっと建て替えなかったの?」

「その時の城主は七代目城主・戸田光慈って殿様だったんだけれど、財政困難だったし、徳川幕府から勝手に建て替えや改築する事が禁止されていたの。だから仕方なく、ここはそのまま庭にして政務を二の丸御殿に移したそうよ。でもその二の丸も明治維新後、筑摩県庁として使っていたけれど、明治九年にやはり火事で焼失してしまって今は何も残っていないわよ」

「あっ、その話、前に職場の同僚から聞いたことがある。長野市と県庁所在地で競っていたけれど建物焼失したので負けたって」

「そう、よくご存じね。本当にそれが原因で県庁が長野市に決まったかどうかは知らないけど」

 芝生を城に向かって進むと、大天守と右の乾小天守が並んでいて、ここから見る城もかっこいいと思った。すると妙子はその右側に立っている苗木を指差した。

「これ、桜の木の苗木なんだけれど、ここに昔大きな桜の木があって『駒つなぎの桜』という伝説があるのよ」

「え、どんな話なの?」

「では、これからその伝説を話します。

この松本城が完成した頃、加藤清正が江戸からの帰りにお祝いの為にこの城に寄りました。それで帰るときに石川康長がお土産として選りすぐりの名馬二頭連れてきて桜の木の下に並べ、どちらか優れていると思う方の馬を一頭差し上げたいと伝えたそうです。すると、清正は『あなたほどの目利きが選んだ馬をどうして私が選ぶことが出来ましょうや』と言い、二頭とも連れて帰ってしまいました。後でその理由を聞くと、一頭を選べば一方は駄馬という事になり、また劣っている方の馬を選べば清正は見る目が無いと笑われることになる。そこで二頭とも連れて帰ることにしたという事でした。これを聞いた人々は『さすが、清正公』と言って大いに感心したというお話です」

「ふ~ん。なんか加藤清正の方が康長より一枚上手でしたって話みたい」

「ううん、ちょっと違うんだけどな‥。実はこの話、福島さんから聞いて私が管理事務所の高橋さんに話したら『それは面白い』と言って、どこかから苗木を持ってきて、去年、私と一緒に植えたのよ。あと、何年かすればここで満開の桜が天守閣の横で見られると思うと楽しみだわ」

 

 もうひとつ、松本城には花に関わる伝説がある。月見櫓の前の庭に大きな白いぼたんの花が咲いているがこれも伝説となった『小笠原ボタン』である。天文十九年、武田軍が林城小笠原長時を攻めた際、長時が愛(め)でてきた『白ぼたん』を武田の兵に踏まれることを危惧し、祈願所であった山辺兎川寺の住職にその株を託し落ち延びた。そのぼたんを兎川寺檀家の久根下家が「殿様の白ぼたん」として四百年あまり守り続けてきたが、久根下家の子孫が昭和三十五年に十六代小笠原当主に経緯を話し、松本城の本丸に再び植えたという話である。

 

 その時、妙子の後ろから外国人の老夫婦が声を掛けてきた。

「チョット、スミマセン。少し話を聞きたいです」

妙子は、外国人を見ると明らかに戸惑った。なぜならその後、英語でペラペラと色々尋ねてきたからだ。すると、それを聞いた田岡が流暢な英語で答えた。妙子はキョトンとした顔でそれを聞いていたが、話が終わると老夫婦は笑顔で「アリガトゴザイマス。オオキニ」と言って天守閣に入って行った。ほっとした妙子が、

「今の外人さん、最後にへんな日本語を言っていたわよね」

「うん、なんか関西弁が入っていた」

「それにしても、田岡さん英語得意なの?すごいね」

「うん、大学の時、英文学科にいたからね。このお城はいつ頃建てられたのか? とか誰が建てたのか?とか色々聞かれたから説明しておいた。僕もまさか、こんなに早く人に説明できるとは思わなかった。しかも外国の方に。なんか自分でも嬉しい気がする」

「へえ、よかったね。早速、福島さんから教えてもらった知識が役にたったね」

「うん、それから、さっきの外人さん、色々日本のお城を見て回っているらしいよ。それで今まで見てきた中でこの松本城が一番素敵なお城だって誉めていたよ」

「まあ、嬉しい!」

「僕のやろうとしている観光振興の仕事も県外の人たちだけでなく、これからは外国の人たちにも分りやすい案内板とか必要だよね。ねえ花岡さん、これから大勢の人に分りやすい松本城の案内文とか説明文つくりたいから協力してくれない?」

「もちろん、いいわよ。私も手伝うから頑張ってね。じゃあ、天守閣の説明をしていくね」

「はい、お願いします」

 ふたりは、大天守を見上げた。全体的に城は白い漆喰と黒漆塗りの下見板で出来ており、これが防水の役割をして雨や信州の極寒から守っている。そしてこの白と黒の対比が絶妙の重厚感と美しさを醸(かも)し出している。加えて、軒下の垂木にも白漆喰で被われ、この平行垂木が美しさと豪華さを引き立たせていた。

 ちなみに、現在でも毎年十月頃、専門の職人さんが下見板全面に黒色の漆を上塗りしている。この細目なメンテナンスが松本城をいつまでも美しく保っている大事な作業である。

また、三階・四階部分の屋根には、三角形の『千鳥破風』や頭部に丸みをつけた『向唐破風』という変わった屋根がついているが、これは威厳を表す装飾屋根である。この破風屋根があるから、松本城はかっこよく見えると妙子は説明した。

「うん、確かにその破風って屋根が付いていなかったら、平凡な屋根にしか見えないかもしれないね」

「あの大天守の左側にあるのが、月見櫓でそこと繋げたのが辰巳附櫓ね。この部分はあとから増築したのよ」

 この月見櫓は辰巳附櫓と共に寛永10年(1633年)に四代目城主松平家で、家康の孫でもある松平直政によって増築された櫓である。

その月見櫓は周りには『朱塗りの刎高欄』という廻り縁がデザイン意匠としてひときわ目立っている。

 

 この建物は、徳川三代将軍家光が寛永11年、上洛の帰り道で長野の善光寺参詣を願い、途中の宿城として松本城に来る予定となり急遽、将軍をもてなすために造った櫓である。しかし、実際には途中、中山道木曽路で落石があり結局家光は松本に来ることはなかった。もし来城が実現していたら、家光公には大いに喜んで頂けただろうか?

 この増築部分はいずれも泰平の世になって造られた建物であり、大天守・乾小天守の迎撃型の造りとは全く異なっている。

 戦乱期と泰平期の異なる時代に増築した櫓が、見事に融和され松本城が出来上がっているのも、大きな魅力のひとつと言う説明だった。

 

「じゃあ、そろそろ天守の中に入ろうね」

「うん、お城の中に入るのって、何年ぶりだろう。たぶん小学生以来かも‥」

 

 乾小天守と大天守を繋ぐ渡櫓の真下に大手口と呼ばれる入り口がある。いきなり急な階段を上ると一階の広間になる。中は薄暗くケヤキの太い柱ばかりが目を奪った。壁側には50㎝下がった通路があり、これは、戦闘の時に武士が矢玉を持って走る「武者走り」というそうだ。内堀に面した壁には外の敵兵に向け弓矢や鉄砲を撃つ「狭間」と呼ばれる小さな窓がたくさんある。

「これが石落としという仕掛けよ。今ふたを開けるから、ちょっと覗いてみて」

そういうと妙子は内ぶたを外した。田岡はそっと覗くと急な傾斜の石垣をそこから見下ろすことが出来た。

「ここから、石垣を登って来る敵兵に大きな石や熱湯を浴びせる為に造ったらしいけど、実際には弓や鉄砲で頭上から攻撃する目的だったみたい。この『石落』は全部で十一か所あるのよ」

「こんな所から攻撃されたら、石垣をよじ登って来る敵兵も堪らないよね。攻める方も守る方も必死だね」

「そうね、更にここの壁は特に厚くしてあるの。30㎝くらいあるから、敵が鉄砲で撃ってきても貫通しない様に頑丈に出来てるそうよ。それから、狭間は特に敵から鉄砲で狙われやすい所だから、壁の内側に厚さ8㎝の防御板が二枚入っているんだって。完璧ね」

田岡は、次に内部に目を移すと、薄暗い中に太い柱が林の様に立っている。

「それにしても、太い柱ばかりだね」

「そうね、相当荷重が掛かってそうだから、この位太い柱が必要なのね。全部で89本あって、その内60本が二階と繋がっている通柱よ。松本城って明治と昭和に二度大修理しているけれど、この柱は四百年前建てた時の柱だそうよ。何かすごくない?」

「そうだね、時代を感じるよね」と柱に手を触れ軽くさすった。

「今は柱しかないけど、ここの中央部は以前、間仕切り壁で四つの部屋があり、すべて倉庫として使われていたそうよ」

「ああ、それ福島さんから聞いたことがある。食料品や武器とか弾薬を置いてあったんだよね」

「その通りです。じゃあ二階へ行きましょう」

「この階段って本当に急だよね。上るの一苦労だよ。昔の人って背が低かったって聞いたことがあるけど、大変だったろうね」

 

 二階に立つと、北を除く三方に『竪格子窓』とよばれる武者窓がズラッと並んでいた。そのせいか、一階よりかなり明るい感じがした。

「この格子の間からも鉄砲で敵兵を狙うことが出来そうだね。あっ、お堀がきれいに見える。いい眺めだね。でも、こんな窓ばかりで大丈夫かな。敵に狙われやすいし、雨や雪が入ってきそうだよ」

「大丈夫。ちょっと窓から外の上の方を見て。雨よけの突き上げ戸がついているのよ。これを下げれば、外からの攻撃や雨を防げる仕掛けになっているよ」

「なるほど、うまく出来ているんだね」

「この二階は、『武者営所』とか『武者溜』といって戦の時に武士たちが控えている場所よ。窓が多いから弓や鉄砲で攻撃できるし外の様子をここから監視していたのね」

 

 次に三階に上った。隠し階と呼ばれるだけに窓が全くないが、破風になっている所から少し明かりが入り、外の様子を覗うことができる。また、一部の天井に四階が見える吹き抜けとなっているせいか意外と明るかったし、低い天井の圧迫感もなかった。戦時は倉庫や避難所として使われたと福島さんから聞いていた場所だった。

 四階に上ると、今までとは少し雰囲気が変わった。なぜなら、ここが有事の際『御座所』と呼ばれる城主が居座る場所だからである。いままで見てきたどの階も柱の表面はうろこの様な模様がある。これは当時の大工が手斧でコツコツと削った跡だからである。しかし、この階だけはヒノキ材を使い表面を鉋できれいに仕上げてある。更に天井が高く「下がり壁」と「長押」を廻し「鴨居」の上には小壁もあり、仕切りは簾で囲み、しっかり部屋として出来上がっている。今は板敷きだが、当時はここに畳を敷き詰めてあったという 説明をしてくれた。

 

 四階から五階へ行く階段は特に急な傾斜となっていて、少し息を切らしながらやっと五階にのぼった。

「この階段は最も傾斜があって61度ですって。急な階段ほど敵が入ってきたとき上から攻撃しやすいそうよ。でも、ここまで敵がくるとすれば、もうおしまいよね。それで、この五階は重臣たちが作戦会議室として使った部屋ですね」

 五階には南北に唐破風があり、その破風からも外の全方向が見られるようになっている。きっと戦の時はここで戦況を確認しながら重臣たちが評議を行う事を想定して造られたんだと思った。

 更に五階から六階に上る階段も急な傾斜だが、ここには途中に踊り場が設けてあったので助かった。 

 

 そしてようやく最上階の六階にたどり着いた。この最上階には天井板が張っていないので、大きな梁がむき出しに見える。中央の小屋裏には以前、塩尻の叔父が話をしていた太い桔木(はねぎ)が何本も集まっており、この桔木というのがテコの原理で重い屋根を支えていると説明を聞いた覚えがある。

「花岡さん、あの桔木が集まっているところに何か祀ってあるけど、あれは何?」

「えっ、桔木なんて言葉どこで覚えたの?福島さんがそんな構造材のことまで説明したの?」

「ううん、そうじゃないけど、前に話した例の手紙って、塩尻の大工のおじさんが明治の大修理の時に、あの桔木の所で見つけたって言っていたんだ」

「えっ、そうなの。あんな所、普段誰も手が届かないし余程の事がないと覗いたりしない場所よね。なぜあんな所に手紙を隠したのかしら。益々あの古文書が気になるわ。早く解読しないといけないわよね。あっ、そうそう、あの祀ってある祠は『二十六夜神』っていって伝説があるのよ」

「ええっ、また伝説なの? 松本城って本当に伝説が多いよね」

「うん、それだけ長い歴史があるってことじゃないかしら」

 

 元和4年(1618年)、小笠原氏を継ぎ三代目城主となった戸田康長が初めて松本城に入った年である。正月二十六日の夜、本丸御殿の警備を行なっていた川井八郎三郎清良という武士がいた。ちょうど東に月が出たころ、自分の名前を呼ぶ声がして後ろを振り向くと、そこには白衣に緋(赤)色の袴をつけた女神が立っていた。その神々しい姿を見て思わず八郎三郎はその場にひれ伏した。

すると、その女神は八郎三郎に錦の袋を与え、

「我は二十六夜神である。これから後、我を天守に祀り、毎月この日に三石三斗三升三合三勺の米を炊いて祝えばお城は栄えていくであろう。ただし、この袋の口を決して開いてはならぬ」

と言うと、いつの間にかその姿は消えてしまった。翌朝、八郎三郎はこのことをすぐ城主戸田康長に報告すると康長は、

「それは、月の神様のお告げに相違ない。即刻その通り行なえ」と指示した。

 その後、康長は、天守六階の梁の上に二十六夜神様を祀り、言われた通り翌月より毎月二十六日に米を炊きお餅を供え祀ったとの言い伝えである。享保12年、本丸御殿が火事に会った時、天守が焼けなかったのは二十六夜神様のお陰だと今も語り伝えられている。

 

 妙子の話が終わると、思わず田岡はその祠に向かい軽く手を合わせた。すると、妙子も「早くあの古文書を解読できますように」と真似して手を合わせた。

 

 天守の最上階から外を覗くと、松本平を一望することが出来る。西に傾き始めた太陽がまぶしかったが、常念岳の上には、青空に幻想的に描かれたうろこ雲が一面に広がっていた。

「花岡さん、この松本城って、こんなに戦いに備えて堅固のお城に造ったけれど、結局一度も戦はなかったんだよね」

「うん、そうね。だから、今もこんな立派なお城を見ることが出来て本当に良かったと思う。長い歴史の中で松本城が出来てから一度も大きな戦争に巻き込まれなかったものね。私、松本に生まれて良かった」

「うん、僕も松本に生れてホントによかった。妙子ちゃんとも出会えたし‥」

「えっ!」妙子は一瞬驚いた顔をし、うつむいた。

「あっ、ゴメン変な言い方しちゃった。今日は花岡さんに色々案内してもらって良かったって意味だよ。ははっ」

慌てて田岡はその場の空気を取りつくろった。そして無意識に口にした自分の言葉に自分自身驚いた。

「う、うん。そうだよね。田岡さん急にそんな事言うんだもん、びっくりしちゃった。じゃあ、ひと通りお城も案内したし、そろそろ戻りましょうか」

「そうだね。今日はありがと。近いうちにお礼するね」

「じゃあ、今度、なにか美味しいものごちそうしてね」

「うん、喜んで!」 

 

ふたりは、お城をでると博物館の玄関まで戻った。

「花岡さん、ホントに今日はありがとう。福島さんにもお礼言っておいてね。じゃあ」

田岡は手を軽く振って庁舎に戻ろうとした。

「あの~、田岡さん」

「なに?」

「わたしも安夫くんにまた会えてよかった‥」

「えっ」

「じゃあね」と妙子は少し笑みを残し館内に逃げるように入っていった。

 

               松本城 5層6階

               1階 武者走り

               6階 最上階